ライコウのブログ

あるキリスト者の個人ブログです。
二極化された世界構図を前に、我々人類は、いかに神様と向き合っていくべきか、思索を深めるきっかけになることを願って発信します。

あの聖人も沈没

一郎さんブログより、気になる稿がありましたので、本編の筋からは外れる内容ですが、こちらで投稿します。
以下、3月投稿「777双のレベルの低さを 渡辺のお兄さんから学ぶ」より引用


マザーテレサも お父様につまずき そのことで クイーンダイアナ 不倫女が死んだことで 栄光の葬式から いつ死んだか判らない 死に方を マザーテレサはしました。
 完全な 天の裏切り者であり サタン側人物を持ち出す時点で マザーテレサの公金の不明さはもとより 公金で 生きてきた方の 傲慢さを理解できます。
~引用終わり~


これ、よくご存知でしたね。
いずれにしても、こちらからすれば見上げる人物ですし、それまでの功績もあり、必要以上に故人を貶めるようなことはしたくないのですが、上級者には知っておいてもらっても良いかと思い、すこし触れます。
私が知ったのは、まだ最近の海外ニュースだったと思います。
黒い人脈と言いましょうか、話題になってました。


真相を掘り下げるつもりはありません。ただ、それゆえに、神に託された側の姿勢というか、在り方、生き方というものを、考えさせられることが多いです。
実は、宗教者には、宗教者ならではの傲慢さというものが存在することを、最近、身近でよく感じるのですが、たとえ本人が、どれだけ神様の愛に満たされようが、結局、人間というのは、その堕落性から、なんらかの中心に立ったり、相手をマウントしたり、そういうところで満足を得たがるもの。


これ以上、掘り下げることは控えますが、このことゆえ、彼女の聖句は、私には入ってこなくなってしまった弊害が存在します。


神様の願いを、完全には理解することが出来なかった。
これは、マザーテレサだけの問題ではありません。
人生の高みに行った者ほど、ある種の選択を迫られる気がします。


頂上手前でこけて、それまでの苦労は何だったのだろうと、神へ至る道の困難ささえ感じ入るのでした。
晩年は、神様から切り離された感覚、孤独との戦いだったようです。

沈みゆく韓国

つい最近、夢を見ました。
韓国に洪水が押し寄せ、大量の紙幣が、海に沈んでいく光景でした。
すでに中国に首根っこ押さえられている現状を知れば、そのまんまの話で、べつに誰かに解いてもらうほどの内容でもないでしょう。
同じ日、北との会談もありましたが、抜け目ないあの国が、そう簡単にことを運ばせてくれるはずもなく、何の幻想も抱けません。


さて、仏壇の話
購入した仏壇に、仏さま、ご先祖さまが宿ってくださるようにすることを、「しんを入れる」、また、何らかの事情で手放したりするときには「しんを抜く」と、私の育った地方では言ってましたが、ところによっては「魂抜き」「お性魂抜き」などと言ったりするそうです。
つまり、それが成されていない新品の仏壇などは、ただの箱という扱いのようです。


実は、韓国に対して想う心情は、この比喩がなぜか、しっくりくると思いまして、つまり、肝心の「お性魂」はペンシルバニアへ居を移され、今の韓国は空の箱。


自分がこれまで感じてきた韓国は、もうどこにも存在しない。
もう幻想を抱くつもりもありません。何者かが、主人の居ない空の箱を乗っ取り、別の国に変えようとしているし、半ば成功したと言っていいでしょう。


昔は両班(ヤンバン)、今はその流れを汲む財閥、しかし、その財閥の驕りか、メディアに出てくるのは、ナッツ姫など、道を踏み外した外道ばかり。
韓流ドラマを見ても、人口からすれば一握りの、財閥子息か、その恩恵を受ける者たちのトレンディドラマや恋物語ばかりが席巻し、重厚な経済ドラマに至っては皆無。
底辺の人間にスポットを当てようともしないのは、いったい李氏朝鮮時代から、どれだけ進歩したのだろうか疑いたくなってくる。
そして、それをバビロン女が、蛇に操られながら微笑むという構図。


ああ、この国は、いまだ民主主義が成されていないんだ。
財閥が、いや、両班が、王族が支配する、そういう世界なんだ。


日本も、民主化を勝ち取るために、これまで多くの血が流されてきたし、決して平坦な道のりではなかったのは歴史が示すとうり。
それでも、松陰先生が、竜馬が、西郷が、明治の志士やそれに続く者たちが、決死の思いで乗り越えてきたこの世界を、自分は誇りに思う。

羊たちも沈没

昭和の時代、恐くて誰も近寄れない、鬱蒼と茂る、森に佇む一本の木
そこは、鬼太郎の棲む、ツリーハウス
時は変わって現代
自然破壊は進み、現代人は、それを見てこう言う
「こんな立派な森に、いったいどんなブルジョアが住んでんだ」


時代は進み、価値観さえ変貌を遂げ、その変化に自身を合わせていくのは至難の業。
変化に気づけず、歪んだこだわりが、組織全体に及んだとき、大きな反動となり、自らを死地に追いやることにも繋がる。
気づいたときは、時すでに遅し、癌細胞はすでに全身を蝕む。
家庭連合の問題は、こういう側面もあると思っています。


すでにネット化が進み、それを利用した数々の犯罪も多発。
近未来、それを評する未来人
「まだネットに頼っているからよ、早くテレパシー能力、開眼せい」


これだけは言えるのでは
どれだけ文明が進もうと、人の心は、2千年前と変わらない。
まだ、神様との関係修復に、けりがついていない。
いいかげん、家庭連合も、バビロン女に見切りをつけて、自身の幸せを追求すべきときが来ている。


こちらとしても、仲間を人質に取られているような心境なもんで、なかなか引き下がれない。


また時々、浮上したいと思います。