ライコウのブログ

あるキリスト者の個人ブログです。
二極化された世界構図を前に、我々人類は、いかに神様と向き合っていくべきか、思索を深めるきっかけになることを願って発信します。

銃と刀と私 ボルテスV編

国の違い、文化や歴史の違いというのは大きいもので、なんだかんだ言っても、アメリカ発の内容を、日本に伝えようとすると、誤解は生じてしまうもの。
しかし、同時にそれは、日本から他国へも、同じことが言えるということ。


銃の件があったので、今回は、フィリピンを例にとって、刀で考えてみることにします。


今でこそ、帯刀は禁止されているものの、刀を見れば、日本人の心の中に、侍としての魂を見出す方も多いのではないでしょうか。
実際、日本刀というのは、他国の武器としての刀とは、大きく異なっていく歴史があります。
まず、制作工程が、まるで違い、芸術品とまで言われる所以は、その工程の多さと、出来上がるまでの時間が、半端でなく、職人の魂が込められていきます。


西洋の刀は、見た目は凄いのがありますが、戦闘になれば、すぐ折れ、使い捨てです。
ところが日本刀は違うのです。名刀は折れない。
真玉 焼けども熱せず、宝剣 曲げれども折れず。
強さと、美しさ、これに魅せられる外国人が、なんと多いことでしょう。


これら、下知識を受けて、書き進めます。
時は1978年、マルコス独裁政権下、日本アニメ、ボルテスVがフィリピン上陸。
最高視聴率58パーセント、脅威ともいえる大反響。
時間帯になると、公園には子供の姿が、まったく見当たらなくなったそうです。


しかし、これを受けて、反日活動家が動き始めます。
そして、ボルテスVは放映中止に追い込まれることに。


必殺武器「天空剣」は、日本刀を連想させる、軍国主義復活の象徴である。
子供達を洗脳してから、日本軍が上陸しはじめる。


理由は、そんなところですが、本当のところ、10年以上続いた戒厳令下のマルコス政権は、正義の力で悪を倒すというストーリーが、反体制運動に繋がるのを恐れたと言われています。


しかし、その後、民主革命が起こり、マルコス独裁政権は終了、アキノ政権が誕生しました。
なんだか、ボルテスVのストーリーに似てる。


1999年の再放送では、再び反響が起こり、40パーセントを記録。
おそらく、当時子供だった大人が、後押ししたのでしょう。
いや、放映中止になり、最終回を見れなかった、恨みの爆発かもしれません。
そして、主題歌を歌う堀江美都子さん、30年後の記念ライブでは、国賓級の扱いだったそうです。


さて、私がトータルして言いたいことは、国や文化が違うと、価値観まで違い、特に、銃や刀といった戦争をイメージさせやすいものが絡んでくると、本当に伝えたい内容が曲げられてしまう場合があるということ。
発信者の本意を、よくよく注意して、読み取っていただきたいと思います。


ちなみに天空剣は、日本人の正義の心を象徴するものです。
教会での、すばらしい歌声を、ご賞味あれ。



VOLTES V