ライコウのブログ

あるキリスト者の個人ブログです。
二極化された世界構図を前に、我々人類は、いかに神様と向き合っていくべきか、思索を深めるきっかけになることを願って発信します。

銃と刀と私 忍者部隊月光編

名ゼリフ「馬鹿!撃つ奴があるか。拳銃は最後の武器だ。我々は忍者部隊だ」
その部隊、その名は「月光」


1964年に設定を変えてドラマ化されましたが、原作は吉田竜夫の「少年忍者部隊月光」で、設定も内容も、太平洋戦争只中。
陸軍中野学校で世界各国へ潜入するためのスパイ訓練をうけ、忍術と科学を駆使して戦場を駆け巡る少年兵たちの物語。
後にヒットした、「科学忍者隊ガッチャマン」の原型とも言われています。


正義と世界平和を守ることを目的とする「あけぼの機関」に所属する、伊賀流・甲賀流忍者の末裔で編成される「忍者部隊」が忍術などの能力を駆使して悪事と戦う物語。
「月光」は部隊長のコードネーム。
~Wikipediaより~


さて、最近、2代王が、平和忍者という単語を使用するようになり、やたら気になって、関連して書いてみたいと思います。
そもそも、我々が一般的に認識している忍者のイメージは、後世になって脚色されたもので、これほど名の知れ渡る存在になったにも係わらず、実像とは、やや離れており、しかし、ある意味、それはそれで、いいのではないかとも思っています。
成り立ちは割愛しますが、「すっぱ」と呼ばれた者たちが実像であり、地侍や山伏が、その任についていたとされます。
2代王も、メジャーに知られているところから引用した単語だと思われますが、別に問題があるわけでなし、むしろ、時代の中、浮かばれなかった忍びたちに注目してくださったことに、心から感謝したいと思います。


近年、海外からの関心も高く、もし外国人観光客に、忍者について何か質問されたら、異常なほど興奮する返し方があるそうです。
「私が最後に忍者に会ったのは、いつだったか・・・」
なんて言おうものなら、うおお~、感動のあまり、卒倒だそうです。
それに、あの黒装束の出で立ちは、アラブ圏にも、かなり支持され、世界人気を押し上げている一因です。


活劇としての忍者を語りだしたら止まらなくなりますが、日本では、松方弘樹主演の映画「海竜大決戦」で、大ガマを出したあたりから、だんだん凄いことになっていった気がするのですが、豊臣秀吉が、まだ木下藤吉郎だったころ、琵琶湖の湖畔に怪しげな宗教が蔓延、その調査に、飛騨の国から、仮面の忍者を呼んだりしたTV活劇もありましたね。
3部目では、隠密任務で織田信長に随行、怪獣大戦争でした。
余談ですが、忍法獅子変化を会得した忍者も、飛騨出身。


最近のところでは「NARUTO」、「ワンピース」もそうでしょうか、このアニメは、いわば日本の兵器だと、自分は思っています。
どこまで正しく翻訳されているか知りませんが、中国にも、かなり入り込み、若い世代に受け入れられています。
思わず正義に目覚めてしまう若者が続出、自国の虚偽に気づき、戦い始める予感。
そう、日本は「正義」を輸出しているのです。


「NARUTO」に、こんなセリフがあります。
「忍者の極意は、術の数でも、優劣でも無え、忍者の極意とは、忍び耐えることだ!」
強烈な風が吹き抜ける瞬間を迎えました。



『忍者部隊月光』のうた