ライコウのブログ

あるキリスト者の個人ブログです。
二極化された世界構図を前に、我々人類は、いかに神様と向き合っていくべきか、思索を深めるきっかけになることを願って発信します。

闇に挑む 奴隷貿易編

人間の自由と尊厳を守るために


さて、この世を2重構造の支配下に治め、歴史さえ塗り替えている連中のことを考えると、この罠を掻い潜り、戦える人間は、いったいどれほどいるだろうかと、考えてしまいます。


一つだけ言いたいとすれば、我々は、あまりにユダヤ支配の価値観から、抜け出せずにいるということ。
ハリウッドから発信されれば、誰もが、かなりの影響を受けますし、とりわけ、知名度の高いスピルバーグであれば、なおさらということになってしまうでしょう。


1997年製作の映画「アミスタッド」では、黒人奴隷貿易を、キリスト教徒、ヨーロッパ人、アメリカ人の事業として刷り込もうと、細心の注意が払われていますが、実際はスピルバーグの勝手な個人史観というか、おそらく、偽ユダヤの血が、そうさせているのでしょう。
真実とは、とうていかけ離れているこのことを、デビット・デューク氏が、完膚なきまでに暴いているので、ぜひ参考になさってください。



ユダヤ人が奴隷貿易を支配した1/2


さて、この方は、名うての論客で、昨年、偶然、このサイトにたどり着くことが出来、そして出会わしてくださった神様に、心から感謝しています。


レビ記25章 44~46


あなたが持つ奴隷は男女ともにあなたの周囲の異邦人のうちから買わなければならない。すなわち、彼らのうちから男女の奴隷を買うべきである。また、あなたがたのうちに、宿っている旅人の子供のうちからも買うことが出来る。また彼らのうちあなたがたの国で生まれて、あなたがたと共におる人々の家族からも買うことができる。そして彼らはあなたがたの所有となるであろう。あなたがたは彼らを獲て、あなたがたの後の子孫に所有として継がせることができる。すなわち、彼らは長くあなたがたの奴隷となるであろう。しかし、あなたがたの兄弟であるイスラエルの人々をあなたがたは互にきびしく使ってはならない。


デューク氏の友人 サム・フランシスという、ワシントンタイムズの論説記者は、旧約聖書にあるこの引用を突きつけ、闇に挑もうとした結果、職を失うことになったようですが、おそらく私も、この先輩方の目に映る世界に、限りなく近い光景を目の当たりにしているのではないかと思ってます。


こういう偉大な先輩の勇気ある行動を、無駄にしたくないと思い、少し紹介させていただきました。


嗚呼、スピルバーグよ、おまえもか

闇に挑む アンネ・フランク編

教育というのは、恐ろしいもので、例えば、韓国や中国のように、幼い頃から学校という正規の教育機関で、反日を教え込まれれば、そこには、何の疑念もなく、大人になっても、受け入れたままの状態が続き、本人の中では、あたかもそれが真実の如くに既成事実となってしまう。
南京虐殺や、慰安婦問題など、歪曲された歴史にしがみつく人々がいるのも、おそらく、そういう頭の構造からであり、そこからは、何の真実も見えてこない。


前に少し触れた、西大后は悪女であるかどうかの件も、今世紀になって、少し解明され始めたばかり。
こんなことも頭に入れながら、我々は敵の幻術をかいくぐり、真実に迫っていけたらいいのではないかと思ってます。


さて、表題には、そう書きましたが、アンネ・フランク
確信をもって言えるわけではないのですが、学校で習ってきたことが、そうとう怪しく、かなり疑ったほうがいいかも知れません。
ユダヤの被害者ビジネスのもと、フランシン・ブローズとして、美味しく生きているという話もあり、you tubuにアップされています。



アンネ・フランク生きてんじゃん。 The Anne Frank Hoax


このブログは、薄く、広く、分かり易くをモットーにしてますので、今は問題提起のレベルにしておきますが、関心のある方は、ぜひ掘り進んでいってもらいたいです。
その先に、どんな闇があるかを見据え・・・


かつて、マルコポーロ(文春系の雑誌)が廃刊に追い込まれた事件や、東京都内でアンネ本が破かれた事件の背景はなんだったか、このあたりを糸口に突き詰めてみると、我々は、どうも認識を変えざるをえない現実に直面しそうです。


さて、出発の時点で、少し混乱があったことと、今後の影響、若干の方向性の違いも考え、改めて書きますが、このブログは、個人ブログであり、所属の教会活動や交流は、正規の管理下で行っていきたいと思います。


このブログの目的は、皆さまを、悪魔の幻術から、可能ならば解いて差し上げたい。
幻術を仕掛けている輩の正体を、お教えしたい。
偉そうに言えば、そんなところです。


そもそも、知将ルーシェルを冠する悪魔からすれば、我々人間なんて、実にチョロイもんで、私など、一発KOの類だと思ってます。
ほんの小さな間隙から侵入するさまは、まさに蛇のごとくで、個人から組織、国家に至るまで、やりたい放題の輩です。


最近では、その使命の大きさから、家庭連合がターゲットにされ、無残な姿をさらし始めてしまいましたが、憎むべきは、その仕掛け人の本体であるサタンと呼ばれし者。
それでも、立ち上がるべき人が、立ち上がってくださったおかげで、私も、少しはお役に立てないかと考え始めたのが、このブログであります。


先を生きる者として、こんな幻術まみれの世界を、次の世代に引き継がせたくありませんし、やはり、ほおってはおけないのです。

キリスト教に思う

日本のキリスト教について、思うところを少し。
ある友人から聞いたのですが、先進国の中で、唯一、キリスト教の宣教に失敗した国が日本である・・・と。
たしかに、日本におけるキリスト教宣教は、徳川幕府の弾圧でいったん途切れ、明治になって、ようやく信仰の自由が回復したという、血の歴史があります。
その後、アメリカなどからキリスト教文化が、勢いよく入ってきたものの、キリスト教の伝道そのものが大きく展開されたわけではなく、現在に至っているのは周知のとおり。


それはそれとして、私が一番違和感を感じるのは、日本と、特にアメリカですが、信仰感に、かなり隔たりがあるということ。


例えば「銃」に対する考え方。
議論はありますが、本来のキリスト教というものは、悪に対し、絶対に許すまじ・・・という考えのもと、旧約聖書にもあるよう、時には武力を使ってでも、展開してきた教えだと思ってますが、それが国家として成立したのが、アメリカ。
多くのキリスト教系団体が、銃の所持を支持しているのをみても、おわかりで、先の「サタンに立ち向かえ」の著者、C.S.ロベット氏も、軍人です。


ところが、戦後、日本の教会は、がっつり左翼思想に飲み込まれてしまい、何が悪か分からず、政治への関与の仕方が、とても偏ってしまいました。
本当に残念でなりません。
すばらしい伝統がある教会が、いっぱいあるというのに。


結論を急ぎますが、ただただ、私はこの辺を憂慮しており、本来、平和的な日本の信仰者として、立ち位置だけはしっかり確保し、間違った考えに染まらないよう、祈りたいのです。
私はこれから、グローバリズムに潜むサタンと戦っていくことになりますが、関心ある方は、どうかお付き合いください。