ライコウのブログ

あるキリスト者の個人ブログです。
二極化された世界構図を前に、我々人類は、いかに神様と向き合っていくべきか、思索を深めるきっかけになることを願って発信します。

闇に挑む タルムード編

日本人の特質として、他の文化に接したとき、その寛容さゆえに、多くの思想を、何の疑念もなく、受け入れてしまっている部分があると思いますが、たとえばダーウィンの進化論。
こんなもんが大手を振って歩き、NHKまでもが「ダーウィンが来た」と、べつに頼んでもいないのに、唯物思想のオッサンに勝手に来られ、いいかげん子供の教育番組に、このタイトルなんとかならんのかと、いつも感じてしまう今日このごろです。


さて、本題。
こいつは、ぜひ知っておいてもらいたいと思ってる内容です。


ユダヤの基本教義となるトーラー。
モーセ五書とも呼ばれ、旧約聖書の最初の五書、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記で構成されていますが、それがどのように解釈されるかを示したものが、タルムード。


16世紀の大改革者、プロテスタントの祖、マルティン・ルターは、聖書をドイツ語に翻訳しようとした際、正確な解釈を行うため、ユダヤ人の信奉する、タルムードを参照。
しかし、その結果、恐怖を味わうことに、なってしまうのです。


なんと、タルムードなるものは、「ユダヤ人は世界の所有者、支配者になる」という概念で構成されていたのでした。
行き過ぎた選民思想というのは、今の韓国、両班思想にも繋がるものがありますね。
ユダヤ人の箇所を、韓国人に置き換えても、悲しいかな、ほとんど通じてしまう。


欺瞞に満つる解釈に気づいたルターは、伝統的なキリスト教解釈を拠り所に、ユダヤ人による憎しみに満ちた解釈を猛批判
「ユダヤ人ほど、血と復讐心に飢えた人々は、かつて存在したことがない」と、はっきり書物に残しました。


ユダヤ人が非ユダヤ人を殺すことは罪ではない。
非ユダヤ人に対して約束を守らないことは、罪ではない。
ゆえに、彼らが金貸しで行っているように、非ユダヤ人から盗むことは、神への奉仕である。
実に、かれら(ユダヤ人)は世界の主であり、我々は僕であり、家畜であるという思想なのでした。


この辺りで、少しはお気づきの方もいるのではないでしょうか。
その血を引き継いでいる彼らこそ、シオニストであり、まさしくグローバリズムそのものであるのです。
そして、その根幹を、500年前、すでにルターは、改革の出発時点で看破していたことは、実に見事であり、その偉大さに感嘆します。


息のかかった教会は、この辺の事情を、うやむやにしようとしているようですが、今も昔も、タルムードの内容は、変化なく存在し続けています。
そして、現時点で問題なのは、多くの人が、問題の原点に気づけず、今なおユダヤ系メディアなどに、翻弄されてしまっていることだと思います。


私は思うのです。
そろそろ我々は、騙しの本体に気づき、ルターが、いや、2000年前、イエス様が、本当に戦おうとしていた敵の正体と、向き合うべき時なのではないのだろうかと。



ユダヤの聖典タルムード思想に基づく世界支配


マジかよ、タルムードくん